昆虫達の情報戦略

- 第7話 -

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はじめに

灼熱の砂漠を疾走するミクロの高速マシーン!それは昆虫です。その小さな体には、不思議な力が込められています。森を駆け抜けるアリの行列は、人間に例えれば何と時速60キロの猛スピードです。昆虫達には、花も全く違って見えています。花の真中が別の色に見え、蜜のありかがわかるのです。本物の枯葉と見分けがつかないカモフラージュ。一体どのようにして、こんなに巧みな技を見に付けたのでしょうか?昆虫達の不思議な営み、そこには私達とは全く違う方法で繁栄を築いた見事な戦略が隠されているのです

プロローグ

昆虫と言うと皆さんは、どんな印象をもたれるでしょうか?昆虫の不思議な世界に大いに興味を持つ人、逆に気持ち悪くて見るのも嫌だと感じる人、様々だと思います!昆虫は姿形が異様なだけでなく、私達とはまったく別の生き方を選んだ生き物達です。昆虫がまるで宇宙人のように見えるのも、その為かも知れません。しかし、昆虫こそ、今最も繁栄している生物なのです。昆虫は、地球上の全ての動物の何と70%も占めています。地球は虫達の惑星とも言えるのです。昆虫は一体どのようにして、今の大繁栄を築いてきたのでしょうか?その秘密を探っていきたいと思います。

3億年前の昆虫達・昆虫の特徴

今からおよそ3億年前の地球。陸には緑が広がり、高さ10Mを超える巨木が深い森を作っていました。この森には、既に昆虫達の王国が生まれていました。最初に空を飛んだのも昆虫でした。ステノディクティア、その飛び方はまるでトンボのようです。プロトファスマ、今のゴキブリに似ています。昆虫はカニやムカデなどと同じ節足動物の仲間ですが、何から進化したのかはハッキリしていません。

陸に森が広がり始めたのと同時に、突然繁栄をはじめたのです。そして今では考えられない巨大トンボも空を飛んでいました。羽を広げた時の大きさは70センチ、敵のいない空を自由に飛び回り、他の昆虫達をエサにしていたと考えられています。

3億年前の森に生きた様々な昆虫達、驚いた事に彼らは今の昆虫につながるデザインを既に完成させていました。昆虫の特徴は6本の足を持ち、薄い殻で体を包み込んでいることです。ほとんどの昆虫は、羽も持っています。そして、もう一つの特徴は、複眼という特殊な目を持っていることです。この頃、私達の祖先、両生類も陸での生活を始めていました。私達と同じ背骨を持つ脊椎動物です。その体の構造は、昆虫とは全く違っていました。この違いがその後の進化の道筋を大きく分けることになるのです。

脊椎動物と昆虫、それぞれの進化の選択の違いとは?

今からおよそ1億5千万年前、陸に上がった脊椎動物は目覚しい進化を遂げていました。全長27M、高さ15M、5階建てのビルに相当する巨大恐竜、バロザウルス。バロザウルスは巨大な森林が恵む大量の食料のおかげで、その大きな体を維持していました。脊椎動物は巨大化の道を突き進んでいきました。1億年以上も繁栄した恐竜は、その象徴でした。

一方、昆虫達は全く逆の道を選びました。巨大恐竜達がいた頃のトンボの化石を調べると、羽を広げた時の大きさは13センチ、あの巨大トンボに比べて五分の一の大きさしかありません。昆虫の中でも、最も大きいのがトンボの仲間です。そのトンボの時代が進むにつれて小さくなっているのです。脊椎動物が大きくなれたのは、まさに脊椎、つまり背骨があったからなのです。このように背骨を長く頑丈にすることで、大きな体も十分に支える事が出来るのです。

昆虫には私達のような背骨が有りません。外側に硬い殻を持つことで体を支えています。カブトムシの体を大きくしていくと、どうなるでしょうか?薄い殻では体を支えきれなくなり、潰れてしまいます。今度は潰れない為に体を厚くしてみると、どうなるでしょうか?殻の厚みで体内のスペースがほとんど無くなり、筋肉などの器官を納められなくなります。体の周りに殻を持つ構造では、大きくなるのは難しいのです。

昆虫達は、逆に小さくなるのに適していました。その小さな体に適した目が複眼なのです。複眼は、たくさんの小さなレンズが寄り集まったものです。この6角形の一つ一つがレンズです。複眼を断面から見ると、薄く出来ています。しかも一つ一つが独立した小さな目です。この小さな目が2千個近く集まっても、僅か1ミリ四方の大きさにしかなりません。それではこの複眼で例えば花は、どのように見えるのでしょうか?私達の目ほど鮮明ではありませんが、ハッキリと花の輪郭がわかります。トンボの場合視野を広げる為にレンズの数は2万5千個にもなります。頭の大部分を目で覆うようなことも、薄くて軽い複眼だからこそ可能なのです。

植物と共に繁栄した昆虫達

恐竜達の時代が終わる頃、大地には様々な花が咲き乱れていました。この花が、小さな虫達を迎え入れました。花たちは、蜜のありかを昆虫に伝える独特のサインを送り始めました。昆虫は、私達には見えない紫外線を見る事が出来ます。昆虫達の目に似せた特殊なカメラで見ると、花の真中が緑色に変わって見えます。飛んでいる昆虫達が、遠くから見ても蜜や花粉のありかが直ぐわかるサインなのです。

花の種類が増えるに連れて昆虫も種類を増やしていきました。恐竜の時代の終わりには昆虫の種類が出揃い、進化はほぼ完成したと言われています。1センチにも満たないゾウムシ。花粉を探る長い管がまるで象の鼻のようです。私達にとって小さな花びらもゾウムシにとっては、広大な世界なのです。ゾウムシは今わかっているだけで6万種類もいます。

同じゾウムシでも住む環境や何を食べるかによって、少しづつ形や大きさを変えています。木の上で新芽や葉を食べるもの、花や実を食べるもの、そして木の下で落ち葉を食べるものなど、細かく棲みい分けているのです。熱帯雨林の一本の木には、300種類ものゾウムシが棲んでいると言われています。昆虫達は、サイズを小さくする事で、僅かな環境の違いに見事に適応し、種類を増やしていったのです。

昆虫は小さくてもスゴイのだ

私たち脊椎動物は、背骨を持つことで体のサイズを大きくする事が出来ました。逆に体の外側に殻を持つ昆虫は、小さくなることに適していました。実はこのサイズの違いが、生き方にも重要な違いをもたらすことになりました。大きくなる道を選んだ私たち脊椎動物は、大きな脳を持つ事が出来ました。ここに大量の情報を集め、複雑な情報処理をするようになりました。

これに対して昆虫達は、例えば神経細胞の数で見ると哺乳類に比べても100万分の1しかなく、私たちのような複雑な構造はできません。その代わりに、体の節目に小さな脳を持ち外からの情報に素早く反応できるようになっています。このように昆虫達は、小さく単純で、私達に比べてずいぶん見劣りするように思われます。しかし、この単純さが意外な能力を発揮するのです!

コウモリと蛾の暗闇の情報戦略

は昼間空を飛び交う鳥から逃れ、活動の舞台を夜に移した昆虫だと言われています。今その種類は20万種、夜光性の昆虫の中では、最も繁栄しています。一方、コウモリたちも5千万年もの昔から夜を活動の舞台としてきました。今もコウモリたちの多くは、蛾をエサにしています。コウモリ達は昼間は洞窟や暗い場所に身を隠し、日が暮れると獲物を求めて一斉に夜空に飛び出します。

暗闇を飛び交うコウモリは、私達には聞こえない超音波を出しています。特殊なマイクを向けると、コウモリ達が盛んに超音波を出している事がわかります。コウモリは目の代わりに超音波を使って障害物や獲物の存在を掴み取り、夜の森を自在に飛び回る事が出来るのです。

まるでパラボラアンテナのような独特な鼻、ここから超音波を発射します。顔の半分以上占めるコウモリの巨大な耳、その耳の中にはカタツムリ状の器官があります。かすかな超音波も探知できる高性能の装置です。耳が捉えた膨大な情報は、脳に集められます。そこで高度な情報処理を加え、目で見るのと同じように周りの世界を知る事が出来るのです。

コウモリは様々な種類の超音波を使って、蛾を捕らえます。まず広い空間のどこに蛾がいるかを探す為に、探査用の超音波を出します。蛾がどこにいるかが分かった次の瞬間、攻撃用の超音波に切り替えます。正確な蛾の位置、形、速度など分析し一気に接近していきます。まるでハイテク兵器のようなコウモリの攻撃に対して、蛾は逃れる術を持たないのでしょうか?

カナダ、トロント大学のフラード博士は、蛾が音を聞く為にどんな仕組みを持っているのかを調べています。そして、コウモリの攻撃をかわす為に、蛾は特別な器官を作り出している事がわかりました。蛾の羽の下に見える小さな穴、この中に鼓膜があります。その鼓膜の奥には、コウモリの超音波を捉える細胞があります。しかし、その数はたった2つです。この簡単な仕組みだけで一体、蛾はコウモリの攻撃に対抗できるのでしょうか?

実験の結果、蛾のたった2つの細胞は、コウモリが真近にきた時に発する超音波だけを捉え、その瞬間、蛾は素早く逃げようとしている事がわかりました。蛾は単純だからと言って、決して劣っているわけではないのです。その証拠に蛾は見事に繁栄しています。脳を使った複雑な情報処理をして攻撃をするコウモリに対して蛾は、たった2つの聴覚細胞だけで対抗しています。これはコウモリにとって、かなり屈辱的なことでしょう。しかし、蛾は本当に必要なごく一部の情報処理だけでコウモリから逃げる事が出来るのです。

今度は実際に飛んでいる蛾に、コウモリと同じ超音波を当てて見ましょう。超音波を当てた瞬間、蛾は地面に向かって落ちていくように見えます。蛾の動きを細かく見ていくと、身を翻しその後急降下している事がわかります。蛾はきわどい所でコウモリの攻撃をかわしているのです。1メートルまで接近した時、蛾が突然コウモリのレーダーから姿を消すのです。闇の中でギリギリの情報戦略が繰り広げられているのです。

シロオビアゲハの七変化

昆虫達はシンプルな情報戦略を駆使しながら、巧みに生き残ってきました。主にアジアの熱帯に住むシロオビアゲハも、シンプルな戦略を身に付けています。私達は木の枝の間をよく目を凝らすと、シロオビアゲハのサナギが張り付いているのに気が付く事があります。枝の色と同じ緑の保護色になっています。ところが、別の枝のサナギは、緑ではなく茶色のものもいます。枝と同じ色にして、天敵の鳥に見付かりにくくしているのです。

シロオビアゲハは、どんな情報をもとに色を変えているのでしょうか?広島大学の本田博士は、枝の表面の手触りが重要な決め手になると考えています。ザラザラした緑の針金、ツルツルした茶色の針金、本来の枝とは逆の状態にして実験をしてみます。

この2種類の針金に幼虫を止まらせて、サナギの色がどのように変化するのか?見てみます。幼虫はほとんど目が見えません。その代わり、盛んに口で針金の表面を触りながら進んでいきます。数日後、ザラザラの針金には、茶色のサナギ、ツルツルの針金には緑のサナギが出来ました。

つまり、幼虫は、保護色ではなくて表面の感触でサナギになる時の色を決めていたのです。昆虫にとって、木の全体の様子を細かく見分ける事は不可能です。ごく限られた情報で行動します。ツルツルなのは若くて緑の枝、ザラザラなのは古くて茶色の枝、シンプルですが、そこには生き残る為に大切な知恵が込められているのです。昆虫達の中には、葉の細かい模様まで真似ているものもいます。一体、このような見事なカモフラージュは、どうして出来るのでしょうか?本当に不思議ですが、これもシンプルな情報をもとに決められているのかも知れません。

昆虫たちのシンプルな情報戦略

昆虫達は、大きな脳も無くシンプルな情報を頼りに生きています。しかし、コウモリと蛾の戦いに見るように、複雑な情報処理をするコウモリに対して、蛾は簡単なセンサーだけで立派に対抗しているのです。昆虫達の情報戦略は確かに単純ですが、そこには全く無駄がありません。生きていく為に最も必要な情報を的確に選び出しているのです。

外敵から群れを守るニホンミツバチの見事な連携プレー

何十万、何百万という大集団を作って生きるハチやアリたち。彼らはそれぞれが役割分担をして行動し、複雑な社会を作り上げています。この大集団の秩序は、一体どのように保たれているのでしょうか?鎮守の森の麓に立つ1本のさわらの木。その幹の僅かな隙間の中に、昆虫が築いた高度な社会があります。ニホンミツバチです。

このニホンミツバチは、ハチの中でも最も進んだ社会を築いていると言われています。木の祠の中に作られた巣には、およそ1万匹ものハチが暮らしています。群れはエサ集め、巣作り、蜜の貯蔵といった分業システムによって支えられています。ミツバチの群れには、集団を統率するリーダーはいません。それぞれが勝手に動いているように見えながら、全体としてまとまった一つの社会を作り上げています。

一体ミツバチ達は、どのようにして群れの秩序を維持しているのでしょうか?一見のどかに見えるニホンミツバチの巣の周りにも、時として緊迫した戦場に変わります。スズメバチがやってきました。スズメバチは、巣を出入りするニホンミツバチを狙っているのです。スズメバチの羽音を聞くと、巣の入口で見張っているハチたちは、一斉に体を震わせて相手を威嚇するように音を出します。するとスズメバチは羽音を消す為に地上に降り立ち、巣の入口に忍び寄っていきます。自分の何倍もあるスズメバチに果敢に立ち向かうニホンミツバチ。ハチ達は次々と折り重なり、スズメバチを包み込んでいきます。

温度が変わる特殊なカメラで見ると、ハチの塊は熱くなっている事がわかります。羽の筋肉を震わせて熱を出しているのです。スズメバチは、温度が45度になると死んでしまいます。ハチ達は温度を上げていきます。しかし、45度以上、温度を上げる事はありません。あと3度上がると自分達も死んでしまうからです。微妙に温度調節しながら、スズメバチを熱で殺そうとしているのです。自分よりも数倍も大きい敵を倒す集団の見事な連携プレーです。巣の中で群れ全体が、波打ちながら音を発しています。1匹1匹はただ羽を1回震わせているだけののに、全体が歩調を合わせたかのように大きな威嚇音を作り出しています。

ニホンミツバチの見事な集団行動、そこにはコミニケーションがあった

ニホンミツバチは集団で行動する為に、どんなコミニケーションをしているのでしょうか?玉川大学の佐々木博士は、ハチたちが花粉や密のありかをどのようにして仲間に伝えているか?を研究しています。

まず、巣から100メートル離れた所に人工のエサ場を置きます。逆さまにしたビーカーの中から少しずつ砂糖が染み出しています。このエサ場を最初に訪れたニホンミツバチに青い印しを付けます。これが巣に戻った時、どうゆう行動をするのか?観察します。

エサ場から帰ってきたハチが、グルグルと回り始めました。まるでダンスを踊っているかのようです。良く見るとダンスを踊るハチの動きに、付いて回るハチがいます。それにオレンジの印しを付けます。やがてオレンジの印しを付けたハチ達は、次々と巣を離れていきます。あっという間にオレンジの印しを付けたハチが、エサ場に到着しました。明らかに彼らは、青い印しのハチ達にこの場所を教えてもらっているのです。ミツバチは羽を振るわせた時に出る音を使って、コミニケーションをしていると考えられています。

一体、ニホンミツバチはこの音で、どのような情報のやり取りを行っているのでしょうか?現場で収録したダンスの音を持ち帰り、細かく分析してみました。ダンスを踊る時ハチは、ほぼ決まった長さの音を出しています。この音の長さが、巣からエサ場までの距離をあらわす事がわかってきました。さらにダンスをよく見ると、音を出している時のハチの向きがいつも同じである事がわかります。

実は、ハチの向いている方向と、その時の太陽の位置によって、エサ場の方角を知らせているのです。ミツバチの巣は、地面に対して垂直に立っています。ハチは壁に張り付くようにしてダンスを踊ります。まず、音を出している時のハチの向きと垂直の軸との角度を仲間に知らせます。そして、垂直の軸をその時の太陽の位置に合わせる事でエサ場の方角がわかるようになっています。

朝早く、花が一斉に開き始める時刻になると、木の中が賑やかになります。暗い巣の中でハチたちのダンスが始まっているのです。エサ場から帰ってきたハチがダンスを踊る度に、さらに多くのハチ達が巣を飛び出してゆきます。こうしてエサ場へ向うハチの数は倍倍ゲームで増えていきます。群れを率いるリーダーはいません。ミツバチたちの見事な集団行動、それは1匹1匹が行う単純な音の情報のやり取りから生まれていたのです。そして昆虫達は、さらにシンプルな情報戦略を選んでいきます。

昆虫の中で最もシンプルな生き方を選んだアリたち

琥珀に閉じ込められた2千万年前のアリ。幼虫をくわえて運んでいる途中だったのでしょうか?まるで時間が止まったように化石になっています。この5センチ四方の琥珀の中には、2千匹のアリの集団が閉じ込められていました。アリは昆虫の中で、最もシンプルな道を選びました。ハチに似ていますが、羽も無く目も退化しています。しかし、このアリはハチ以上に高度な社会を作り上げているのです。

ベルギー・ブリュッセルにある自由大学のドネブール博士は、研究室にアリを持ち込みその行動の原理を追い続けています。アリは散らばった物を決まった所に集める習性があります。ドネブール博士は、数ヶ月にわたってアリの行動を見つめ続けました。

その結果、博士が見つけ出したルールは極めて単純なものでした。博士はアリ・ロボットを作ってみました。それは、たった2つのルールだけで動く単純なロボットです。アリ・ロボットは、目の前に荷物があるとそれを掴みます。運びながら他の荷物にぶつかると、持っていた荷物をそこに置きます。それ以外の命令やプログラムは一切ありません。

5台のアリ・ロボットを動かして様子を見ます。すると驚いた事にバラバラに動いていたはずのロボットが、いつのまにか荷物を数箇所に綺麗に集めていきました。私達人間は、複雑な情報を1箇所に集めて管理する、いわば集中制御型のシステムで物事を動かそうとしているのです。しかし昆虫達は、これと全く違うシステムを採用しています。アリを始め集団で動く昆虫達を見ると、一見とても複雑そうに思えます。しかし、実は非常にシンプルな原理やルールで見事な秩序を作りあげているのではないでしょうか?

ハキリアリのシンプルなルール、農耕生活

パナマ運河に浮かぶ小島、パロ・コロラド島。ドネブール博士たちは今、この島に住むアリの大群を追いかけています。ハキリアリが葉っぱを運んで長い行列を作っています。この小さなアリたちは、人類とは全く対照的な繁栄の姿を見せてくれます。科学者達は、そこにもシンプルなルールを発見できないか?と考えています。

ハキリアリは毎日巣を出て、森の木の葉を切ってまわります。長い足をコンパスのように使い、切り取る葉の大きさ決めます。そして、鋭いアゴをまるでハサミのように使って葉を切り取っていきます。木の葉を切り取る作業は、昼も夜も続けられます。切り出す葉の量は1年間に1トンにもなります。

自分の体の何倍もある葉を背負ったアリの行列は、100M以上になる事もあります。行列をさえぎるように1枚の枯葉が落ちていました。すると驚くことに、この障害物を取り除くアリが現れます。良く見ると、アリが通る道にはゴミ一つ無いように清掃されています。

ハキリアリは、500万匹もの大集団で生活しています。行列を追って巣の中に入ってみました。するとそこには、さらに不思議な光景が広がっていたのです。巣の中で待ち受けた小さなアリが、葉を受け取りそれを小さく切り刻み、当たり一面に貼り付けていきます。その葉の上には、白い綿のようなものが広がっていました。実はこれ、キノコなのです!ハキリアリは、葉の上に菌を植え付けてキノコを栽培し、それを収穫しているのです。これはまさに農業です。ハキリアリは、人類よりも遥か昔から農耕生活を始めていたのです。

ゴミ捨て場まで作っていたハキリアリ

ハキリアリ達が築き上げたシステムは、私達の想像をはるかに超えています。森の朝、アリたちが次々の木を伝って行きます。実はこれはキノコを栽培した後の葉の屑を運んでいるのです。そして、決まった場所にアリたちは、葉の屑を捨てていきます。山のように積み上げられたゴミ、アリたちは専用のゴミ捨て場まで作っていたのです。

大量の葉の屑は、やがて森の大地へと還っていきます。そして、再び木を育てる肥料となるのです。羽も無く目も退化させ最もシンプルな道を進んだアリたち、しかしそのアリたちは、人類とは全く違う文明社会を作り上げていました。そこにもシンプルな原理が隠されているに違いない。ドネブール博士はそう考えています。

シンプル・イズ・ザベスト

昆虫は私達の常識からすれば、実に不思議な生き物です。昆虫は体を小さくし、シンプルにする道を選ぶことで鋭い感覚を磨き、大集団を支える独特のコミニケーションの方法を作り上げてきました。それらに共通するのは、まさにシンプル・イズ・ザベスト!という戦略だったのです。一方、私達は全てを把握し、設計図を作り不測の事態を予測していくという複雑な情報戦略によって、高度な文明を築いてきました。しかし、ロボットやコンピュータなど先端技術の分野で昆虫達のシンプルな情報戦略に学ぼうとする動きが出てきています。

昆虫は全ての動物の70%を占めるほど繁栄しています。私達とはまったく別の道を進み、全く違った生き方を選んだ昆虫達、そこには私達の未来を切り開く重要なヒントが隠されているのかも知れません。3億年の昔から昆虫達は、地球の様々な場所で繁栄を続けてきました。昆虫達が築き上げた独特の情報戦略。そこに全く新しい発想がある事に、今私達は気付き始めたのです。

編集後記

この「昆虫達の情報戦略」をまとめる前に、「本の扉」スペンサー・ジョンソンの「チーズはどこへ消えた?」の編集作業を行っていました。この本の内容が、まさにこの「昆虫達の情報戦略」そのものだと思いビックリしている次第です。本の主旨は昆虫ではなく2匹のネズミと2人の小人がモデルなのですが、まさに、シンプル・イズ・ザベストを象徴する生き方論なのです。

高度な頭脳を持ち物事を複雑に捉える思考方法をする小人は、事態を分析することに精を出し行動力に欠けます。一方、単純にしか物事を考えられないネズミは、その分優れた本能を持ち感覚を研ぎ澄まし、僅かな環境の変化にも敏感に反応し素早く行動するのです。本書では、状況の急激な変化にいかに対応すべきか?を説いています。つまり、問題を複雑にし過ぎずに、物事を簡潔に捉え柔軟な態度で素早く行動することの重要性について述べているのですが、まさにこの昆虫達の生き方そのものです。21世紀型の生き方は、まさに昆虫から学ぶ点が多そうです。

人間と昆虫の進化の違い

昆虫達のコミニケーション

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